イベントレポート

イベントレポート

共創ライブ #8 METoA Ginza × HACK-Academy
三菱電機と考える、月での暮らし
〜宇宙から地球へのサステナビリティのヒント〜

2023年9月15日(金)

METoA Ginzaが関西大学に出張!
共創ライブ&ワークショップを開催しました

「宇宙に住む未来って本当にくるんですか?」──from VOICEに寄せられたそんなお声(VOICE #055)から始まったのが、METoA Ginza初となる出張イベント「三菱電機と考える、月での暮らし」。月に暮らす未来を想像し、そこでのさまざまな課題を解決する方法を考えることで、地球のサステナビリティのヒントを探っていこうというのが、今回のテーマです。第1部の「共創ライブ」では、宇宙やSDGsに詳しい4人のゲストが宇宙事業の最前線とその未来を考察。第2部の「テーブルディスカッション」では、参加した学生さんたちや三菱電機の社員から、月と地球の暮らしに共通するさまざまなサステナアクションが提案されました。大学生52名が参加した、熱気あふれるイベントの様子をお届けします。

第1部 共創ライブ #8
三菱電機と考える、月での暮らし
〜宇宙から地球へのサステナビリティのヒント〜

長谷川 琢也

長谷川 琢也(はせがわ たくや)さん

Yahoo! JAPAN SDGs編集長
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン事務局長
株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング取締役
ヤフー株式会社CSR推進統括本部

自分の誕生日に東日本大震災が起こり、思うところあってヤフー石巻復興ベースを立ち上げ、石巻に移り住む。 漁業を「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えることを目指し、漁業集団フィッシャーマン・ジャパンを設立。from VOICEの初回ゲスト。

林 公代

林 公代(はやし きみよ)さん

宇宙・天文分野を中心に取材、執筆するライター

世界のロケット発射、すばる望遠鏡、皆既日食など宇宙取材歴約30年。三菱電機DSPACEに「読む宇宙旅行」を20年にわたり連載中。著書に「さばの缶づめ、宇宙へ行く」( 小坂康之教諭と共著) 、 「るるぶ宇宙」監修、「宇宙に行くことは地球を知ること」 ( 野口聡一氏、矢野顕子さんと共著) など。

吉河 章二

吉河 章二(よしかわ しょうじ)さん

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 研究者

1990年三菱電機入社。以来、先端技術総合研究所(当時は中央研究所)にて、宇宙機や人工衛星における制御技術の研究開発に従事。2012~2015年、鎌倉製作所において準天頂衛星2- 4号機「みちびき®」の開発プロジェクトに参画。

清水 誠一

清水 誠一(しみず せいいち)さん

三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 研究者

2007年三菱電機入社。先端技術総合研究所にて、衛星搭載機器のハードウェア設計および制御設計、観測衛星の擾乱管理に関する研究開発に携わる。2020年から小型月着陸実証機SLIMに搭載するソフトウェアの設計検証に従事。

「サステナビリティを考える入り口はいろんなところにある」と、Yahoo! JAPAN SDGs編集長の長谷川琢也さんは言います。その入り口を「月での暮らし」に当てはめてみると、どんな課題や解決のヒントが見えてくるのでしょうか。宇宙ライターの林公代さん、三菱電機株式会社 先端技術総合研究所で宇宙事業の研究開発に携わる吉河章二さん、清水誠一さんとともに考えます。

トークテーマ01
宇宙事業は今、どこまで進んでいる?~三菱電機の宇宙事業について~

長谷川さん:まず最初に、宇宙ビジネスの現状について教えてください。

林さん:世界の宇宙関連市場は、現在約40兆円。それが2040年代には200兆円にまで成長するといわれています。民間企業やスタートアップの参入により、勢いがどんどん増している状況です。

吉河さん:かつての宇宙開発は、各国の政府主導で行われてきました。その時代を「スペース1.0」とすると、国が開発した技術を民間が衛星放送やカーナビ用のGPSなどのビジネスに転用したのが「スペース2.0」。それが今や、民間が資金を調達し、宇宙事業開発を積極的に行う「スペース3.0」にまで進んでいるわけです。

長谷川さん:民間が入ってくることによって、巻き込まれる人もますます増え、開発が進んでいくということですね。民間に注目されるのは、やっぱり儲かるからですか?

吉河さん:儲かるかどうかは、やってみないとわかりません。でも、民間はまずやりたいんですよ。だから投資をする。すると周りもついてきて、いつの間にかそこに市場が生まれて大きく育つ。つまり、儲かるからやるのではなく、「やるから儲かる」のです。

長谷川さん:なるほど。順番が逆なんですね。そんな宇宙事業の中でも、現在もっとも注目されている分野というと?

林さん:今熱いのは「月」ですね。人類が初めて月に降り立ったのは、1969年。それから半世紀以上を経て、再び月に戻ろうという機運が高まっているんです。まず、今年8月にはインドのチャンドラヤーン3号が月の南極付近に着陸し、世界中の注目を集めました。そしてこの9月7日には、日本の小型月着陸実証機「SLIM (Smart Lander for Investigating Moon) 」も地球を飛び立ち、今まさに月を目指しているところです。

長谷川さん:SLIMを搭載したロケット「H2A」47号機の打ち上げ成功は、ニュースでも大きく取り上げられましたね。あらためて、このSLIMについて詳しく教えてください。

清水さん:SLIMは名前の通り、200kg程度のスリムな月着陸機です。三菱電機は、SLIMのシステム開発および製造を担当しています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で行うSLIMプロジェクトは、将来の月惑星探査に必要な高精度着陸技術を小型探査機で実証するというもの。最大のミッションは、「ピンポイント着陸」にあります。降りやすいところに降りるのではなく、“降りたいところに降りる”月面探査を目指しています。

長谷川さん:月面のある地点を狙って降りるのって、やっぱりむずかしいんですか。

清水さん:月はそれなりに重力(地球の1/6)があるので、機体が引っ張られてしまうんですね。また大気がないため、パラシュートで速度を落とすこともできません。そこでSLIMでは、飛行中に月表面を撮影した画像を探査機内の地図に照らし合わせて位置を把握しつつ、目的地付近の比較的安全な着陸場所を探し、自動で姿勢制御しながら着陸する方式を採用しています。

林さん:控えめにおっしゃっていますけど、実はこれ、世界初のすごい技術なんですよ。今までの月着陸精度は数km~数10kmだったところ、SLIMが狙う精度はわずか100m以内。「あのクレーターの中のここにある岩を調べたい」というピンポイントな探査を可能にしてくれます。また、傾斜のあるクレーターに安全着陸するため、従来のような着陸脚を使わず、斜面に沿って倒れ込むように着地する設計となっているのもポイント。これまでの常識を打ち破るアイデアと工夫と技術が、このSLIMには詰まっているのです。

清水さん:月のクレーター斜面には、月内部から噴出した岩石(カンラン石)があるとされ、これを調べることもSLIMの重要なミッションの一つ。月の起源を探る、大きな手がかりとなるかもしれません。SLIMの月着陸は、年明け頃を予定しています。場所は、ウサギの耳の付け根あたり。ぜひ月を見上げて探してみてください。

トークテーマ02
宇宙に住む未来って本当にくるんですか?
~月で暮らす上での課題とは~

長谷川さん:今回の共創ライブは、from VOICEに寄せられたお声をもとに企画されました。それは、「宇宙に住む未来って本当にくるんですか?」というVOICE。みなさんはどう思われますか。

林さん:もう来ています。というのも、2021には一般の宇宙旅行者が、プロ飛行士の数を初めて上回り、「宇宙旅行元年」となったからです。もちろん、今はまだお金もかかりますが、将来はもっと手頃な価格で行けるようになるでしょう。宇宙旅行といっても、上空100kmから火星まで行き先はさまざまですが、現時点で住むことが想定されているのが、月です。今年4月に月着陸にチャレンジしたスタートアップ企業ispace(アイスペース)は、2040年には1000人が月に暮らし、1万人が仕事や旅行など月を訪れる、という構想を発表しています。

吉河さん:誰もが月に住める時代は、必ず来ます。それが2040年代だとすると、2030年代はエネルギー設備や住環境といったインフラをつくる時期にあたります。そのために、何が必要で、どういう技術をどの順番で開発していくのかを、私たち研究者は今熱く議論している真っ最中です。

清水さん:それまでは、SLIMのような月着陸機や探索ロボット、月面ローバーなどを使って、無人で月をくまなく調べ、資源の有無やその活用法を探ったり、住環境を整えたりしていくことになるでしょう。こうした準備期間を経て、段階的に人が住めるようになると考えています。

長谷川さん:なるほど。もうSFの世界ではなく、現実のお話なんですね。でも、月で暮らすにあたってはまだまだ課題もありそうです。

林さん:たくさんあります。まずは放射線の問題です。月面では1日いるだけで、地球上の1年分に近い放射線量を浴びてしまいます。また月の昼夜の温度差は300℃ほどにもなり、とても人間が暮らせる環境にはありません。ただ、月の地下には、全長約50kmもの長大な天然トンネルがあることが、探査機「かぐや」の調査でわかっています。そこを拠点にすれば、放射線や温度差を防ぎながら暮らすことができると考えられています。

長谷川さん:食料をどうするかも問題ですよね。

林さん:はい。地球から運ぶと片道3日はかかるうえ、費用も1kgで1億円と高額なので、月での暮らしは、地産地消ならぬ「月産月消」が基本となります。

吉河さん:そこで要となるのが、「水」の存在です。水がなければ、稲などの植物も育たないし、牛や豚も飼育できません。当然、人間の飲み水も必要となります。じゃあ、その水はどこから手に入れるのか。答えは、月のクレーターにあります。月の南極や北極にあるクレーター内部は太陽光がまったく届かず、そこに氷のかたちで水が存在するといわれています。また、アポロ宇宙飛行士が持ち帰った「月の岩」には、微量の水が含まれていることもわかっています。これらの氷や岩から、最適な方法とコストで水を取り出す方法が見つかれば、月での暮らしも月産月消も一気に現実のものとなるでしょう。

清水さん:水を含有するクレーターや岩石の位置は、無人探査機を使って調べることになります。その動力エネルギーは、太陽光発電でまかないます。月の極地地点には、ほぼ年中常に日光があたる場所があるので、そこに探査機を置きたいところですが、目指す場所はクレーターの影や底です。つまり、なるべく日向を選びつつ、クレーター内部に落ちてしまわない位置取りが重要に。そこで生きてくるのが、SLIMのピンポイント着陸なのです。

吉河さん:水や食料、住環境を確保し、人が暮らせる環境が整っても、それが快適かどうかはまた別の問題です。心地よい暮らしを実現するのは、空調や電子レンジといった家電や、エレベーターなどの設備。こうした月での快適インフラを生活デザイン視点でまとめたのが、「Ticket for LunaCity Issue Book」です。三菱電機では、宇宙以外のさまざまな事業部門とも連携して、月での快適な暮らしを模索しています。

Ticket for LunaCity Issue Book

三菱電機開発本部内でのイノベーション推進施策、ICPJ(InCubation ProJect)がまとめた、快適に暮らせる月へのチケット(Ticket for LunaCityⓇ)を手に入れるための冊子。将来の月面拠点において必要とされるであろう三菱電機の非宇宙技術を、「食」「生活」「住居」「インフラ」の各視点から紹介する。

トークテーマ03
月での生活から考えるトークテーマサステナビリティのヒント

長谷川さん:月での暮らしが実現すると、私たちの生活はどう変わっていくんでしょうか。今地球が直面している課題の解決や、サステナビリティ実現のヒントがあれば教えてください。

林さん:今の宇宙開発は、宇宙だけでなく、地球上のさまざまな課題解決も同時に目指すDual Utilization(デュアルユーティライゼーション)の方向で進められています。一例を挙げると、尿から飲み水をつくる水リサイクル装置というものがあります。現在ISS(宇宙ステーション)ではNASA製のシステムが使われていますが、日本でもさらに省エネ、高再生率、メンテナンスフリーの水リサイクル装置を開発中です。これが実現すれば、宇宙船や月面基地だけでなく、飲み水に困る砂漠地域や、震災時の避難場所や仮設住宅などでも有効に活用できるでしょう。

清水さん:月の岩から水や資源を抽出する研究が進めば、カルシウムなどの必要栄養素を岩から取り出す技術も生まれるかもしれません。最近は昆虫食や培養肉の研究が盛んに行われていますが、岩由来の食べ物だって十分にあり得ると思います。そうなれば、食糧危機の解決にも貢献できるのではないでしょうか。

吉河さん:月に暮らすという人類史上初の目標に向けて、多くの研究者たちがさまざまな技術を開発しています。まったく新しい課題だからこそ、取り組みにはこれまでとは違う視点が求められます。その中から今まで気づかなかった方法で、例えば砂漠化や干ばつといった問題を解決するヒントも見えてくるかもしれません。それも経済的に成立するかたちで。

長谷川さん:見方を変えることで、新しい解決の糸口が見つかる可能性はありますね。

吉河さん:大切なのは、地球規模で考えること。私たちは日本人や都民である前に「地球人」です。人が宇宙で暮らす時代になれば、それは当たり前の感覚となるでしょう。私たち一人ひとりが地球人として課題に取り組むことで、解決できることはきっと増えていくんだと思います。

長谷川さん:地球人の自覚をもって行動すれば、モノの使い方や捨て方も変わってくるかもしれないですね。人類の技術はたしかに地球環境に負荷をかけてしまっているけれど、その技術力やアイデアは地球を再生する鍵ともなる。今日のお話で、宇宙開発と地球のサステナビリティがつながる希望が見えてきました。