2030年のエアモビリティと都市デザイン
「空飛ぶクルマ」は未来の夢物語、ではありません。共創ライブ#3では、実用化に向けて本格的な動きが始まっている「次世代エアモビリティ」のある暮らしをテーマに、近未来の都市デザインやインフラについて、様々なゲストとともに議論。”風を見る”ことで広がる新たな可能性を検証していきます。
ドローンや空飛ぶクルマといった次世代エアモビリティの誕生で、空の利活用への注目が高まっています。その市場規模は、2040年には約160兆円にもなると目されるほど。しかし、安全・安心な空飛ぶ暮らしを実現するためには、都市デザインやインフラも再考していかなければなりません。「共創ライブ#3」では、そんな少し先の未来に向けて、4人のゲストスピーカーたちがそれぞれの立場から意見やアイデアを提案。白熱したその様子を、3つのトークテーマに沿ってご紹介します。
トークテーマ01 次世代エアモビリティの未来と現在地
ドローン物流やeVTOL(イーブイトール=電動の垂直離着陸機)のような空飛ぶクルマの実用化は、もうすぐそこまで来ています。近い将来、次世代エアモビリティによって、どんなことが実現されるのでしょうか。
「最も実用的なのは、エアタクシーと呼ばれるような使い方でしょう」と言うのは、有志団体Dream On代表の中村翼さん。10年前から空飛ぶクルマの開発に携わり、2020年にはすでに有人飛行を達成した次世代エアモビリティ界の第一人者です。「空飛ぶクルマのスピードは、時速200~300Km。空のタクシーと陸のタクシーを組み合わせることで、これまで1時間かかっていた移動を10~15分程度に短縮することができます」
空飛ぶクルマは、2025年開催の大阪・関西万博でも導入される予定です。「万博会場である夢州(ゆめしま)は、橋1本で結ばれた人工島。渋滞とは無縁のエアモビリティが活躍するのに最適な舞台です」と三菱電機の信江一輝さん。また、万博の誘致会場計画アドバイザーを務めた建築家の豊田啓介さんも、「万博は、これまでの都市の発想の転換を促し、エアモビリティの魅力を体感できる最高の機会」と語ります。
その一方で、次世代エアモビリティの実用化に向けては、まだまだ課題が多いのも事実。ビル風や乱気流などによる欠航リスク、不時着における地上側の安全確保、機体が離着陸する際の騒音といった様々な問題が想定されています。
なかでも喫緊の課題として挙げられるのが、離着陸場の整備です。「ビルの屋上は消防法に基づく緊急離着陸場に認められてはいるものの、商用利用は前提とされていないため、新たなルールづくりが必要です」と西地さん。「さらに商用運行となると、高密度・高頻度に利用されるため、屋上だけではスペースが足りなくなるでしょう」
これに対し、「安全で効率のいい空の運行のために、ビルそのものに新しいデバイスを設けることが必要となってくるかもしれません」と言うのは豊田さん。そうなると都市の景観も大きく変わってきます。「現在は空いている河川の上や鉄道高架下を、空飛ぶクルマのハイウェイとして活用する方法もあります。海と川に囲まれた夢洲は、その意味でも絶好のエアモビリティ実験都市となるわけです」
課題はあっても、それ以上に大きなメリットが期待される次世代エアモビリティ。「METoA Ginzaや万博でその楽しさを体感し、魅力を知っていただくことが、実用化への大きな一歩になると考えています」(中村さん)。
トークテーマ02 次世代エアモビリティを実装する
「都市デザイン」とは
空飛ぶクルマの実用化は、ビルの設計や都市のあり方とも密接に関わってきます。では、次世代エアモビリティが運行しやすい都市デザインとはどういったものなのでしょうか。
一つには、豊田さんが提案した「河川上空や鉄道高架下の有効利用」が挙げられます。西地さんも、「既存建物の屋上利用には限界があるので、空中の空いているスペースに離着陸場やハイウェイを造るのは、現実的な解決策といえます」と大きく同意。「都市開発という観点からも、例えば広場に屋根を設けて離着陸用ポートとし、その下を全天候型のイベント会場として活用するといったような、新しいソリューションを同時に考えていく必要があるでしょう」
エアモビリティの普及に伴って、ビルの設計も今までとは違ったものになるかもしれません。豊田さんが注目するのは、ドローン活用によるスペースの効率化です。「通常、エレベーターがオフィスビルの断面に占める割合は35%程にもなるのですが、搬送をドローンに任せれば、20%程度にスリム化でき、その分使える床面積が増えます」
ただし、ドローンをはじめとしたエアモビリティの運行は、天候に左右されるという難点もあります。とくにビル付近の飛行や屋上から離陸する際の大敵となるのが、「風」です。
そこで注目されているのが、「ドップラーライダー」を活用した風況データソリューションです。ドップラーライダーとは、レーザー光を用いて遠方の風速と風向を計測するセンサーのことで、現在は国内外の空港や風力発電所などで運用されています。三菱電機では、ドップラーライダーの風況データと独自のAI技術を組み合わせた新しいソリューションを開発。風を見える化することで、ビルの設計・建築やまちづくり、ドローンの運航支援などに役立てています。
風況データを得るセンサー
「ドップラーライダー」
信江さんは、この風況データソリューションを応用した新規プロジェクトを主導。「高層ビルが建ち並ぶ都市部では風の影響が予想しにくく、高所での建築作業やドローン運用の課題となっていました。これを解決し、安全・安心なまちづくりを実現するために、現在は三菱地所さんと共同で丸の内エリア一帯の風況を計測・可視化する実証実験を行っています」
風を見る技術は、空飛ぶクルマの運行にも大きく関わってきます。「例えば、離着陸場の安全評価もその一つ。様々な要件に風況データを組み合わせてリスクを算出することで、建設場所の選択や保険設定などの適正化を図れます」と信江さん。さらに中村さんも、「エアモビリティは離着陸時に最も風の影響を受けるので、データで正確に風況を捉えることは重要」だと訴えます。
風に関連する様々な課題を解決し、蓄積したノウハウを社会全体で共有していく。それが、未来のエアモビリティの安全を支える基盤となっていくのでしょう。
トークテーマ03 エアモビリティが社会にもたらすSDGs
エアモビリティの実現は、SDGsの観点からも期待されています。なかでも注目を集めているのが、「ドクターヘリの代替」としての活用です。現在、各都道府県が負担するドクターヘリの運航経費は年間約2億5000万円といわれており、「持続的に運用していくのは厳しい状況」だと中村さんは言います。「その点、エアモビリティならコストを圧縮でき、ヘリコプターほどの騒音も生じません。今後ますます高齢化が進む社会のレジリエンスを高めるうえでも、有力なユースケースといえるでしょう」
一方、西地さんはエアモビリティを活用した「観光」ニーズに着目します。「単純に空を飛ぶだけでも体験としては楽しいのですが、それを観光と絡めて、例えば空から富士山を眺めるといったこともできるようになる。とくに陸路のインフラ整備が難しい離島や山間地において、エアモビリティは有力な手段となります。観光による地域の発展や社会課題解決にも大きく寄与していくのではないでしょうか」
あえて、「行かない観光」を提案するのは豊田さんです。「高性能カメラを搭載したドローンとVRゴーグルを組み合わせれば、家にいながらにして世界中の景勝地を巡ることも可能です。これは観光だけでなく、ビルや橋梁のメンテナンスなどにも応用できる手法。ドローンで情報を伝達することにより、移動や作業にかかるエネルギーを削減していくことも、SDGs推進の一助となるはずです」
エアモビリティが社会にもたらすメリットは多岐にわたります。しかし、新しい領域であるがゆえに社会実装に向けた技術的、制度的なハードルも高く、単一の企業や業界で推進していくのは困難です。だからこそ、「パートナーシップやプラットフォームをつくることが重要」だと信江さんは言います。「エアモビリティの実装や社会貢献の実現には、業界の垣根を超えた”共創”が不可欠です。こうして様々なステークホルダーがつながっていくこともまた、日本が目指すべきSDGsの一つのかたちといえるのではないでしょうか」
エアモビリティのメリットや課題から社会価値の共創まで。多彩なテーマで討論されたトークセッションは、会場の拍手に包まれながら和やかに終了しました。