2本目のセッション「AIと暮らす未来を考える」では人工知能研究の第一人者で慶應義塾大学の栗原聡教授と、三菱電機 統合デザイン研究所のUIデザイナーでMEToA Ginza 2Fで展示中の『AI SPEC』を手掛けた深川浩史さんが対談。現状のAIは一体何ができるのか、果たして人間を脅かすのか、どう使いこなしていけばいいのかの最前線についてお話しいただきました。
トークテーマ01
「現代のAI」は何がどこまでできるのか?
ここ数年、ChatGPTが話題になるなど一気に盛り上がったAIですが、現在の状況や何ができるのか伺うと栗原教授はAIによる効率化自体はイノベーティブな作業ではないと言います。
「移動が速くなる車や計算が正確になる電卓は僕らが怠けたり楽をするための技術ですが、AIを使った効率化も同じです。空いた時間で発明が出来ても、効率化自体は新しいものを生み出していないんです。いつかAIが新しいものを作るためのテクノロジーになればいいなと思っています。
一方、懸念もあります。これだけ話題にもなり投資されていてもお金になっていない。例えばOpenAIは7000億円くらい赤字※で、自転車操業状態です。可能性があるのに離陸できず下火になるかもしれない、今が踏ん張りどころだと思っています。」(栗原さん)
※2024年3月時点
AIが話題だけで利益を生むに至っていないとの栗原教授の指摘に、深川さんは三菱電機がメーカーとしてAIを開発の現場で活用している事例を紹介。
「私たちはMaisart®(マイサート)というブランドでAIリンク開発を進めています。この技術を使ってAIを搭載したエッジデバイスと、クラウド側に情報を投げて返事を待つAIを比較すると、クラウド通信せずに処理ができることで通信量の節約やセキュリティの面でもメリットが多いです。」(深川さん)
深川さんは、メーカーにとっては技術開発と並行してAIとの付き合い方を議論することが重要だと続けます。
「私はAIの技術開発には関わっていませんが、研究所でのAI技術開発と並行し、メーカーとしての『AI倫理ポリシー』策定や浸透を推進するチームとの連携をしています。
AIの判断の責任の所在やAIと生成したコンテンツの権利者は誰になるかが話題ですが、社内でAIについて考えるときは、もうちょっと未来を想定しています。生活の中にAI技術が当たり前に浸透して使われた場合に、AIを道具として扱うのか、人格や感情的人間性といった生物感を見出すのか。AIとの付き合い方を広く捉えた議論をしています。」(深川さん)
研究開発の分野でAIを使われる栗原教授は、AIと倫理を広く議論することの重要性について少し本音を交えて語ってくださいました。
「作る側というのは突き抜けなきゃいけないから、作るときにブレーキを踏みたくないんです。もちろん作るからこそ危険もわかっていますが、本音を言うと面倒くさい、でも人工知能学会にも倫理委員会があってAIと倫理については幅広く議論をしています。
学習する人工知能である生成AIは人工知能というシステムではなく、私たち人間が蓄積してきたデータを原料として作られたものです。言い換えると今の人工知能は人からできているのですが、私たちには良くも悪くもバイアスがあって、ネガティブな表現ですが差別的な考えが入っています。そんな個々人のバイアスが集積されることで,AIにおいて人間の持つバイアスが色濃くなってしまうのです。そして、そのような仕組みを理解せずにAIを使うことで誤った判断をしてしまう可能性があるのです。」(栗原さん)
深川さんは『AI SPEC』プロジェクトを通じて深まった、社内でのAI倫理の議論の様子を振り返って各自が自分ごと化することが大事だと言います。
「栗原先生がおっしゃったAI倫理の議論について、やはり私たちの社内でも技術開発する側はブレーキがかかるのを嫌がるというか煙たがることも多いかと思います。でも、技術者それぞれがAIの未来や倫理を足枷ではなく必要なリテラシーとして認識することが重要です。
社内の技術者がAI倫理を自分ごと化することを狙って作成したのが、短編のSFマンガ『AI SPEC』です。10年後か20年後のハッピーではなく美しくもなく、ちょっと怖くてディストピアとも取れるような未来を描いた作品なので、読んだ社員から賛否両論が出ます。エンジニアとか営業とかデザイナーもみんなこうあるべき、私はこう思うという議論が活性化されて、AIのある未来について自分ごと化して考えられる環境が生まれました。」(深川さん)
トークテーマ02
「AIと人間が共存するためには」
栗原先生の人工知能は人からできているという指摘に深川さんは「AIが私たちのバイアスから切り離せないということに自覚的でありたい」と言い、デザイナーとして「AIをどう見せるかデザインを工夫することで、AIは人間と同じく間違いも起こすし、価値観として人間のバイアスも含まれるんだと開発者もユーザーも認識した上でAIと付き合うという切り口も必要」だとつけ加えます。
栗原教授が手がけられ、話題になったTEZUKA2023「ブラック・ジャック」は故・手塚治虫作品の新作をAIで作るものでした。栗原教授は、AIはもちろん人間でさえゼロから物を生み出すことはできないとおっしゃいます。
「『人工知能は人間みたいにゼロから物を生み出せるのか』と聞かれることがありますが、人間はいろんな情報を入れながら頭の中で物を作る生き物ですから頭にないものが出てくることはありません。イノベーションが生まれるには、偶発性や失敗など自分が想定しないものとの出会いが必要で、より遠くのものを結びつけることがクリエイティビティを加速させるんです。」
またこのプロジェクトを通じて得た気づきについて「例えば、このプロジェクトにて人工知能で生成したストーリーの中には、デタラメで奇抜すぎて使えない類いが生成されることもあったのですが、逆に凸凹なものがクリエイターたちのイノベーティブ心をくすぐったのか、いろんなアイデアが出てくるという出来事がありました。AIを使うことで、狙ったり打算的ではない、全く関係ないと思われたアイデアの種が想定外の面白いイノベーションを起こすのだと学ぶことができた今回のプロジェクトを通して、楽観的かもしれませんが人間が人工知能を使うことで『まだまだ進める先がある』と感じました。」(栗原さん)
AI×ヒト で挑む、TEZUKA2023「ブラック・ジャック」新作 週刊少年チャンピオン52号(11/22発売)掲載決定|虫ん坊|手塚治虫 TEZUKA OSAMU OFFICIAL
栗原教授が話されたAIとクリエイティブの協業事例を受け、深川さんもクリエイターのAI活用に可能性を実感すると言います。
「かつてAIが盛り上がったとき、真っ先に失われる仕事は自動化できたり繰り返しの単純作業で、逆にデザイナーは残るだろうって言われていました。でも今、自分で生成AIを使うことで競争相手ではなくクリエイターを支える技術だと感じています。
むしろAIの回答に正確さを求めると「ハルシネーション(Hallucination)」と呼ばれる、AIが平然と嘘をつく現象に振り回される恐れがありますが、「新しいアイディア考えて」「斬新なバリエーション出して」だと嘘がないので、クリエイティブ領域はAIと協力していける分野じゃないかと感じ始めています。」(深川さん)
その言葉に、栗原さんも大きくうなずきます。「クリエイティビティ側っていうのが全く同感で。生成AIは効率化にも使えますが、一番正しいのは壁打ちだと思っています。」
そんなお二人に、アウトプット手法の一つとしてAIを活用されているビジネスパーソンに向け、これからの課題や注意すべき点についてのアドバイスをいただきました。
「AIに対するリテラシーを高めることが必要だと思います。道具として使っていたのが使われる側にならないように。デザインの現場ではチーム内でメンバーが仕上げたデザインを議論します。そのときはデザインを見極めるスキルが求められます。AIも同じで、画像生成だと時間もかからず数多く出してくることがありますが、結局「一番筋がいいのはこれだ」って見極める人間側の能力が試されていると感じます。AIを使いこなすことは自分の仕事に対して見極めのセンスを磨くことでもあると思います。」 (深川さん)
「本当に。判断が一番重要ですね。AIが答えとして4つの案を出したとして、どれを選ぶか判断するための知識や多様性のある基準を持った上で決定する力がなきゃいけない。だからAIの進化で楽を出来るわけではなく、AIがより高度なことを言えばそれを判断するための勉強が必要になるのではないか。その勉強を続けられる人はAIを有効に使うけれども、判断できなくなったらAIの言いなりになってしまう。今はまさにこの分岐点に来たのかもしれませんね。日本人は今まで高度で誠実で優秀な歯車だったけど、これからは優秀じゃなくてもモーターとして自分で動かないといけない。モーターが小さくてもAIを使えばガンガン回してくれるはずです。全ての職業がそうなるのは簡単ではありませんが、そういう気持ちは持っていたいですね。」 (栗原さん)
質問コーナー
トークセッションでは、参加者の皆さんからの質問コーナーも設けられました。
イノベーションについてのお話しで、最も遠いもの同士の組み合わせで凸凹がクリエイティブを刺激したエピソードがありました。個人の持っているクリエイティブ性を磨く上で、大切なことは何があると思われますか。
(栗原さん)落語の三題噺って訓練になると思っています。冗談紛れでも、適当に思い浮かべたもの同士をくっつけられるか考えることでいろんな興味が湧いてきますから。あとはブレストですね、いきなり街中を歩いている人たちとランダムにブレストは出来ないけど、生成AIを使って偶発性のものを生み出すことはできるんじゃないでしょうか。
(深川さん)そうですね。多分訓練できるんじゃないかと私も思います。
デザイン思考が持て囃されたり、デザイナー視点の斬新な発想を求められますが、最初からこういう能力を全てのデザイナーが持っているわけではありません。求められて応え続けることで大喜利能力というか、妄想力というか「ここまで飛ばしていいんだ」みたいな勘どころが培われたんだと思います。AIを使って訓練できるかもしれないし、自分でも意識的に伸ばせるんじゃないでしょうか。先生の話を聞いていてそう思いました。
このトークセッションに参加してくださった方々がAIとその未来について考えるきっかけの一つになれば幸いです。ご参加いただいたみなさまには、あらためて厚くお礼を申し上げます。